このたび、みなさまの応援のもと、創業を開始することとなりました。
今後ともよろしくお願いいたします。
起業に至るまでの想い・・・
ABあらもーどの主要事業は、アイディア品の企画・開発です。
アイディア品の企画・開発・販売に向けての意欲は
以下のような過去があったから湧き出てきたもの。
わたしの過去を一部ご紹介します。
10年ほど前、突然の病で5か月間入院生活を送るはめになりました。
身体の体幹部分から筋肉に炎症が起こり、力が出なくなる難病指定の病気でした。
当時はペットボトルも開けられず、うっかりしゃがみ込むと助けを呼んで立たせてもらう。
そんな状態でした。
体育会系の私にとって、筋肉の病気・・・
晴天のヘキレキです。
きくところによると、10万人に2~5人とか。
宝くじにも当たらないのになんで?
毎日大量のステロイド投与や薬の服用により、免疫が低下するので病院外には出てはいけない。
今では新コロナの影響で世間の日常になりましたが、常にマスク着用での生活。
そんな入院生活だったのですが、私はラッキーでした。
みんな副作用に悩まされるとのことでしたが、救いは痛くも辛くもないこと。
主治医にも不思議がられるほど、毎日が元気でした。
ただ力が出ないだけ。
200g以上のものは上に持ち上げられませんが、座ったり、歩いたりするのには不便を感じません。
指先も自由に動きます。
同室の患者仲間はそれぞれ違うタイプの病気で、明らかに通常の入院生活に不便を感じていました。
そのため、平行移動には問題ない私は、いろいろ手伝ってあげていました。
そのうち、暇な私は彼女たちのちょっとした不便を解消してあげるために工作をするように。
彼女たちは喜んで、
「こういうものが売ってたら買うのにね~」
と言ってくれました。
その言葉を励みにまたサクサク工作を。
月日が経ち、晴れて退院を迎え、日常生活に戻って数年。。。
私が考えて工作してあげていた品々がなんと、店頭に並ぶように。
1つや2つではないんです。
私ではない誰かが同じようなことを考え、商品化していくのをみるにつけ、
私の考えているものは、世の中の需要にも通用するものなのだと思うようになり、
「北海道発明協会」の門をくぐり、アドバイスを受けられる状況を作りだしました。
それから月に1回の「北海道発明研究会(日曜発明学校)」にも参加し、
今もなお、発明仲間たちと意見交換しながら切磋琢磨しています。
ABあらもーどから全国へ
今回、起業し、自分のアイディア品を自分の手で世に出す決意をしましたが、
できあがった品の販売に苦戦している発明仲間たちが多い事にも気づいていました。
そこで、私の持っているノウハウで、発明仲間たちの販売の支援もしていこうと思います。
また、
そのほか、ABあらもーどがオススメする商品の販売も行います。
準備が整いしだい、GOです。もう少しお時間ください。
職歴はずっとIT関係・・・
大学卒業。当時はバブル期真っただ中。
金融機関も3次オンラインシステム構築の全盛期で、
IT企業のシステムエンジニア(SE)として就職しました。
出産のために臨月で退職するまで、10年以上、どっぷりシステム屋として勤務していました。
その後も請負で、退職した会社の人事システムの構築を行ったり、
市町村合併がさかんな時期にもプログラム変更の部隊に駆り出されるなどしていました。
派遣会社にフリーランスのSEで登録
派遣登録しておいた会社経由で、年賀状ソフト、家計簿ソフトなどの仕様チェックと検証作業を担当し、
これを機に、SEとしての業務がホストオンラインからパソコン関係へと移行していきました。
東京で2年、パソコンインストラクター
パートナーの転勤で東京に2年。幼稚園バスが帰ってくるまでの間に、
近所の量販店内で、パソコン教室のインストラクターとして勤務していました。
札幌に戻り、・・・~現在まで。。。
札幌に戻り、データ入力のアルバイトをしましたが、
その年の入力部門で功労賞をいただき、それがきっかけで、
同会社で12年お世話になり、現在に至ります。
そして、このたび・・・
近所の方や知り合いからパソコンのサポートをちょくちょく頼まれ、
金額決めてくれた方が頼みやすいという声が出るようになり・・・
ITサポート業務も事業に含めることにいたしました。